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ソウル&ファンク大辞典

ヒップホップを経験した時代からみた、永遠に完成しないソウル&ファンクの大辞典。

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Blood Orange / ESSEX HONEY

思い出を肉体から切り離し芸術として昇華した断片集

ブラッド・オレンジ Essex Honey,
Blood Orange,
2025
またしても胸が締め付けられるような作品を発表したブラッド・オレンジ。本アルバムに収められたそれぞれの曲は現代のポップミュージックを支配する表面的な強いビートを徹底的に排除し、心の中の世界を体から切り離し表現されている。彼のようなメジャーな存在にしてはめずらしいほど内省的な作品である。

アルバム・タイトルの“Essex Honey”は、意訳すれば「エセックスでの甘い思い出」ということか。ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズはイースト・ロンドンで生まれだが、そこはロンドン中心部とエセックスの両方を結ぶ交通アクセスの良い場所だったので、若い頃にきっとよく出かけたのか縁があったのだろう。彼はインタビューの中でそれは「悲しい思い出」だと語っているが、時が経ち辛い記憶も熟成し「甘さ」が加わり、デヴ・ハインズの音楽形成の一助となったのだろう。またここは移民の多い街でもあり、ロンドン発の最新音楽だけではなく、さまざまな世界の音楽も自然に聴く機会があったのだろう。ブラッド・オレンジの音楽は、現代的でありながら完全に民族を超えた世界が描かれている。本作でもロードからムスタファ、ドゥルッティ・コラムまで世界中のアーティストが引用されている。

“Essex Honey”について「表面的な強いビートを徹底的に排除し」と書いたが、もちろんビートがないわけではない。むしろ細かいドラムンベースのようなリズムは全編に施されている。しかしそれは踊るためのものではない。あくまでもブラッド・オレンジの記憶を描くための絵の具の一つとして使われており、そこに肉体性は全く感じないのだ。これは彼のソロの時の作家性にも通じることだが、大衆音楽というよりも、その感覚は文学や絵画に近く、無理やり音楽で比較するなら陽気さを取り除いたモーツァルトのようでもある。

ブラッド・オレンジの『エセックス・ハニー』に貫かれたこのビートを抑えたほろ苦くも甘い世界観は、ディストピアへと突き進む現実世界に対する防御反応として脳が反射的に導いた個の記憶というシェルターのようでもある。

Producer: Devonté Hynes
2025年



The Field - Blood Orange
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