Run-D.M.C. / RAISING HELL
ブラックミュージック的焼畑農業
Raising Hell,
Run-D.M.C.,
1986
エアロスミスの名曲カバーにスティーブン・タイラーとジョー・ペリーが自ら出演したコミカルな『ウォーク・ディス・ウェイ』のPV効果もあり、MTVという時代の波に完全に乗り、ヒップホップのアーティストとしては、おそらく初めてお茶の間の顔となったジョゼフ・“RUN”・シモンズ、ダリル・“D.M.C.”・マクダニエルズ、ジャム・マスター・ジェイの3人によるRun-D.M.C.。彼らは音楽や人種の垣根を越えて、ヒップホップを誰にでも楽しめる音楽に変貌させただけではなく、このカルチャーの四大要素、「ラップ」「DJ」「ブレイクダンス」「グラフィティ」に加えて、新たにアディダスのスニーカーとカンゴールのハットとという「ストリート・ファッション」を定着させた最大の功労者でもある。今では当たり前のことだが、彼ら以前は、音楽の新しさと逆行してファッションは決して褒められるものではなかった。例えば
Afrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)のファッションは完全にステージ衣装であり、ファンが気軽に真似できる代物ではない。ランDMCがファッションという概念を持ち込んだことにより、ようやくヒップホップはストリートに根付くことができた。そして「コミカル」であるということにも大きな意味がある。『ウォーク・ディス・ウェイ』のPVのエアロスミスとランDMCのやりとりは完全に米国のブラック・ミュージックの歴史を暗示している。それを笑いに込めて自然にお茶の間に届けたのだ。
80年代のブラック・ミュージックは、非常に洗練され、ポップスとの境界線が曖昧になっていた。また音楽のデジタル化も進んでいたが、まだ消化の仕方が十分ではなかった。しかしランDMCの登場により全ては変わった。ロックでも何でもオイシイものは全て吸収し、楽器を捨て、レコードやリズム・ボックスを使って無理なくグルーヴを作り出し、ラップによりメッセージを強調することにより、逆にブラック・ミュージックのアイデンティティを取り戻すことに成功したのだ(このヒップホップの方程式は黒人霊歌のそれにも共通する)。“Walk This Way”のようなポップな曲だけではなく、メジャー志向の作品には似つかわしくない“Proud To Be Black”のような政治的な曲もこのアルバムには収録されている。
『レイジング・ヘル』には音楽界を焼き尽くすほどの商業的・社会的なパワーがあった。そして一度焼き尽くされたからこそ、それが肥料となり、ブラック・ミュージックは新たな芽を出すことができた。ランDMCの成功がなければ、そしてヒップホップの成功がなければ、ソウルやファンクの魂は、完全に消滅していたかもしれない。
Producer: Russell Simmons, Rick Rubin
1986年