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ソウル&ファンク大辞典

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Gong / CAMEMBERT ELECTRIQUE

「サイケ・フューチャリズム」的ジャズロック

ゴング Camembert Electrique,
Gong, 1971
1960年代前後に巻き起こった米国文学界の新たな潮流「ビート・ジェネレーション」。オーストラリア生まれのDaevid Allen(デイヴィッド・アレン)も強い影響を受け、アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズが定宿にしていたというパリの「ビート・ホテル」に向かう。このとき出会ったのがミニマル・ミュージックの巨匠テリー・ライリーであり、ジャズにのめり込むきっかけにもなる。

1961年、海峡の向こう側の街、ドーバーに渡り、音楽活動を本格的に開始、デイヴィッド・アレン・トリオというフリージャズ・ユニットを結成。そのときのドラマーが彼の大家の息子であるロバート・ワイアットだった。1966年には、ワイアットとバンドを演っていたケヴィン・エアーズ等も加わり、新たに結成されたのが伝説のバンド、ソフト・マシーンである。

ソフト・マシーンは順調に活動するが、欧州ツアーから帰国した際、デイヴィッド・アレンだけが入国を拒否される。ビートニクに影響を受けた彼が、きっちりとルールに従うわけもなく、以前アレンがオーバーステイしていたことが原因だった。(ドラッグが原因という説もある)

仕方なく戻った地がかつて滞在したフランスであり、ここでようやく結成されたのがゴングである。(この辺の適当な成り行きもビートニク的ではある)

『カマンベール・エレクトリック』はゴングにとって2作目のアルバム、デイヴィッド・アレンの人生が強く出た内容になっている。彼は、サン・ラからの影響を公言しているが、一曲目の“Radio Gnome”は、まさしくサン・ラ、もしくはジョージ・クリントンのようであり、アフロ・フューチャリズムならぬ「サイケ・フューチャリズム」的な導入。その後、続く曲は、ジャズ、サイケデリック・ロック、プログレ等とビート・ジェネレーションが入り混じった非常にユニークでドラッギーな音世界。

初期ゴングの方向性を決定付けた一枚。

Producer: Pierre Lattès
1971年





Tried So Hard - Gong
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