ヒップホップを経験した時代からみた、永遠に完成しないソウル&ファンクの大辞典。
The Best of すでにあったレコードレーベルの権利を買い取り、1950年にチェスは事業を開始した。当初からMuddy Waters(マディ・ウォーターズ))やHowlin’ Wolf(ハウリン・ウルフ)などのブルースはセールスも好調で、一躍トップレコードレーベルへと成長した。その後もChuck Berry(チャック・ベリー)やBo Diddley(ボー・ディドリー)等の世俗音楽の歴史を彩る才能を発掘し、R&B、ゴスペル、ブルースと音楽の幅も広げていった。
チェス・レコードを語る時によく引用される有名な話がある。Brian Jones(ブライアン・ジョーンズ)がKeith Richards(キース・リチャーズ)と初めて会ったとき、チェスからリリースされた“The Best Of Muddy Waters”を持っていたのを見て声をかけたというのだ。バンド名もマディ・ウォーターズの曲から取った。Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)として成功した後も、シカゴのチェス・スタジオまで出向き、“The Rolling Stones Now!”の一部の作品を録音している。チェスのレコードがなければ、ローリング・ストーンズは生まれていなかったかもしれないのだ。
チェスをソウルミュージックへと導いたのは、Etta James(エタ・ジェイムス)を蘇らせ、彼女を同レーベル初のソウル・スターに仕立てたプロデューサーBilly Davis(ビリー・デイヴィス)の力が大きい。その他にもThe Dells(デルズ)、Billy Stewart(ビリー・スチュワート)、Fontella Bass(フォンテラ・バス)などのソウル界のスターを生み出した。特にフォンテラ・バスの“Rescue Me(1965年)”は、デイヴィスにとって最大のヒットとなった。
ブラック・ミュージックの発展を総合商社のように全方位から支えたのがチェス・レコードだった。