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ソウル&ファンク大辞典

ヒップホップを経験した時代からみた、永遠に完成しないソウル&ファンクの大辞典。

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Bernard Purdie

いつも70年代グルーヴの震源地にいたドラマー

バーナード パーディ Live at Fillmore West,
Aretha Franklin,
1971
アルバム参加枚数は数千枚以上、ほぼカウント不可能なほど多くのソウルやファンクの歴史的名盤に参加してきた偉大なるドラマー、バーナード・パーディ。その独特のノリはブレイクビーツにもよく使われ、多くのサンプリング・ネタになっている。

米国東部のメリーランド州生まれ。1961年、20歳の頃にニューヨークへ行き、年齢を詐称して演奏のためのライセンスを取得(当時は公衆の前で演奏するためにはライセンスが必要だったらしい)。ブレイクのきっかけは、1965年、ジェームス・ブラウンの“Ain’t That a Groove”への参加だった。ジェーム・ブラウンとは、その後もいくつかのアルバムで共演している。

最も有名な歴史的名演としてはアレサ・フランクリン、1971年の作品“Live at Fillmore West”が挙げられるだろう。バーナード・パーディはアレサのバックバンド、King Curtis and the King Pins(キング・カーティス&ザ・キングピンズ)のメンバーとしてドラムを叩くだけではなく、当時、アレサ・フランクリンのバンド・リーダーを務めていた。また、キング・カーティス&ザ・キングピンズは、アレサの前座も務めており、その模様(Live at Fillmore West)もソウル史に残る名演として記録されている。最近公開されたアレサ・フランクリンが教会でおこなったゴスペルライヴを収めた映画『アメイジング・グレイス』でもバーナード・パーディはドラムを担当しており、至近距離から臨場感あふれる映像を楽しめる。

ジャズ界との交流も多く、古くは1966年、Gabor Szabo(ガボール・ザボ)の“Jazz Raga”から、Jimmy McGriff(ジミー・マクグリフ)の“Electirc Funk(1969年)”、Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)“Fat Albert Rotunda(1969年)”、Miles Davis(マイルス・デイビス)“Get Up With It(1974年)”。レアグルーヴならHarlem River Drive(ハーレム・リバー・ドライヴ)1971年作のセルフタイトル作、Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)の“Pieces of a Man(1971年)”、元祖ラップとも言えるLast Poets(ラスト・ポエッツ)と共演した“Delights of the Garden(1977年)”等がある。カバーする範囲も広くそれぞれのカテゴリーで高いリスペクトを受けている。



Song for Aretha - Bernard "Pretty" Purdie
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